皆さんこんばんは。
新緑が綺麗な季節になりましたね。
深い蒼のトンネルをくぐれば淡い光が僕を包んでくれる。
この道をわんこ達と何度お散歩したのだろうか、、、
1人になると見える景色は途端に違って見えてしまう。
今は相方が隣を歩いてくれているけど、いつまで僕は傍にいてあげられるかな。
時折心配になるよ。
心のどこかで終わりを感じながら、それに背を向ける自分が情けない。
今週は通院日。
感染症内科は無しでした。
他の科でMRI検査、採血、採尿、胸部X線をしたのですが、
先生から数値が悪くなってると話があり、僕のアテがまた外れてしまいました。
今、かなり節制した生活をしているので、きっと上向きになってるかと思ってた。
これ以上どうすればいいのか。
後は、HIVや他の持病もあるのに加えて、今回はまた他の病気の疑いまで出てきて(汗。
1つの病気の経過観察に区切りがついて安心してたら、なんだか嫌な予感しかしません、、、
ただ、まだ確定じゃないので毎月検査をしていきましょうとなったけど、
正直なところ、いつ何があってもいいように自分自身の整理はしておこうと思うよ。
あとあと相方が困らないように。
でも今はまだ死ねないんだな、だから何でもありませんように。
むかしは、社会を犠牲にしながら自分の延命を図ることに罪悪感があった。
近しい者を避け、誰の声も聞かず、人として機能しない毎日をただ送っていた。
自己責任論を語られるのが常の世の中で、救う価値もないと断罪される事もあった。
もちろん、病気について勉強して理解してくれようとする人もたくさんいた。
けれどあの頃は優しい言葉よりも、悪意のある言葉ばかりが目に入ってしまって、
投げつけられる言葉に自分を責めては、やがて洗脳されたように何も出来なくなっていた。
そして毎日ベランダから空ばかり見ていた。
元々、生に執着が持てない自分が人様に迷惑かけて生きていいのか悩んだ。
その時、目の前にわんこ達がいた。
自分を狂わせていた混沌の渦から、彼らは僕を助け出してくれた。
守るものがあると生きようって思う。
あれから10年以上が経って、そのわんこはもう僕の目の前にはいない。
だけど、その身は滅びても僕の遺伝子が彼らに共鳴している限りは存在は消えない。
HIVの治療について、人の不公平感を無くすには見える化が不可欠なのだと思う。
内なる囁きに耳を傾けてもらえるよう、自分の生き方を見てもらうしか僕にはない。
それが共存の一歩かもしれない。
昔の僕へ。
今の僕はあの頃より「いい生き方」が出来ているんだろうか?
感染者も一枚岩ではない。
同じ感染者だけど、みんな考え方は違う。
だけどみんな一生懸命生きている。
僕も、初めて病院の門をくぐったあの言いようのない苦しかった気持ちを
医療が受けられることが分かってほっとした、その感謝の気持ちを忘れないでいたい。
HIV、AIDSは空気感染しません。
治療の早期開始がその後の寿命の長さに繋がります。
薬を服用している感染者には感染させる力はありません。
感染していることを知らずに過ごすことが問題なのです。
全員が検査してくれたら、もっと安心できる世の中になると思います。
だから必要以上に怖がらないで知ってください。
どうか、お願いします。
最近、時間が過ぎ去ったことで元彼たちと向き合えるようになった。
急に消えた人や、既婚者なのを隠してた人にはもう連絡すらつかないけど、
同棲してた人と、感染の原因になった人とは連絡がついてわだかまりが消えた。
移住した人は、僕のスマホが壊れた時点で彼の連絡先も分からなくなった。
前に運営してたHIVのホームページからメッセージを送ったことがあるけど
サービスが終了したYAHOO!のコンテンツだからもうそこからもたどれない。
もっと自分に余裕があればよかったけど仕方ない。
生きているうちに1度だけでもやり取りが出来たらいいなと
ブログにメールフォームを入れてみたけど期限付きにしようと思う。
ただみんな幸せでいてほしい。
それだけが願いかな。
5月の日差し。
交差点に伸びる影。
シャツを渡る風が気持ちよくて心が軽くなっていった。
信号が変わり横断歩道を渡れば、僕の「現実」も動き出す。
春になってなんか僕は素直になれてる。
考えすぎてばかりだったけど、いまも介護に心が折れそうだけど、
それでも相方のそばは暖かいよ。
やっとそんな風に思えるようになった。
それじゃまた。