皆さんこんばんは。
僕と相方の家は駅から車で6分くらいの場所にあります。
学生たちが多く暮らしているせいか、交差点を行き交う人々で少々騒がしい。
まだらに残った昼の気配をよそに、夜はがらりと雰囲気の変わる街だ。
蒼茫たる車窓からは小高い丘が見え、その先には静かな住宅街が広がっていくのです。
久しぶりに電車移動の僕。
改札口を出ると、辺りはすでに薄暗くなっていた。
街の燈は停留所のベンチをぼんやりと照らしていて、バスを待つ人が寒そうにしている。
僕も早く帰ろう。
そう考えながらタクシー乗り場に向かうと、後ろから声をかけられた。
「あの、これ落としましたよ」
はいっと、手渡されたのは手袋だった。
顔をあげるとそこには優しそうなお婆さんがいた。
そうだ、駅のパン屋さんで買い物をした時に手袋を外したんだったっけ、、、
「お気に入りだったので嬉しいです、ありがとうございます。」
僕がそう言うと、お婆さんが届けて良かったーとニコニコ笑ってくれた。
くったくのなさにやられてしまって、こちらも思わずニヤニヤしてしまう。
でも、駅の方へ向かっていくお婆さんの後ろ姿を見送りながら、ふと僕は悲しくなった。
相方の両親もあの人みたいな人だったらいいのに。
しかし、とうに忘れていたはずの祖父母の記憶が、急に僕の胸を掻きむしり始めた。
もう20年くらい疎遠だが、僕の家はかなり特殊な環境だった。
母にとって継母である祖母は、孫である僕の事にとくに興味もなかったと思う。
余命幾ばくもない祖父は、母のために嫁をもらったんだと今なら分かるが、
本家という位置づけであったはずなのに、母は祖母に搾取され続けたと聞いたことがある。
1日おにぎり1コで奴隷のようにこき使う、典型的なネグレクト。
社会に出てからは、給料のほとんどを祖母へ献上しなければならなかったらしい。
祖母の実子である妹達は、それは贅沢に可愛がられたという。
身1つで嫁に来た貧乏家庭だったらしい祖母は、祖父のお金が欲しかったんだろう。
今でいう後妻業だ。
気づいたら何からなにまで独り占めして、祖父の兄弟には相当嫌われていた。
嫁に来た時点で、祖父は病魔に冒されていたので母は祖母の託卵を怪しんでいたという。
そして祖母の葬儀の際、祖父の近親者もみな高齢だから今のうちにDNA検査をしよう、
そんな話になったとたん、母の妹達が仕切りだしたと後から聞いた。
一年以上結果が分からず、痺れを切らした母が妹達に聞いたら1枚の紙切れを見せられた。
パソコンで打ったかのような「生物学上の親子である可能性99%」の文字だけ。
ローカスもPI値も何も記載がないとか、田舎だから騙せると思ってたんだろうねきっと。
僕「いや、完全に嘘くさいけど」
母「そうよねー、でももう関わりたくないからどうでもいい。」
こんな風なやりとりを、だいぶ昔に一度だけしたことがある。
こんな家だから、僕の祖母の思い出は僕や母を怒鳴りつけている姿だけ。
僕はその家で最初の男の孫だったはずだけど、
肺炎になろうが髄膜炎になろうが、祖母はただ疎ましそうに僕を見ているだけだった。
かと思えば、父方のほうは女性が一番権力のある家でそこも異常だった。
父はそこそこ蔑ろにされてたようだし、その息子である僕のことは中卒で働けとか言うから
母がこんな家には二度とこないと絶縁したらしいけど、それで繋がりは途切れてしまった。
鬼の棲む家。まさにそんな感じでいつも窮屈だったな。
それでも1つだけ祖母との思い出がある。
人に横柄な口ばかりきいていたので友達ができなかった祖母。
そんな祖母には大正琴と三味線の趣味があって、母の妹達はその趣味には無関心だった。
寂しかったんだろうねきっと。
僕が興味を示したことで、時々一緒に練習するようになった。
僕が祖母より上手くなってしまうと、その時点で祖母はその趣味を辞めてしまった。
母はそのことを知らないけど、、、、
大人になるまで祖母と血が繋がってない事を知らなかった僕。
だから少しでも祖母に好かれたかったのに、唯一の糸が切れて悲しかったのを覚えてる。
祖母の血筋の叔父には、性的な悪戯をされたりしたんでこの先も田舎に帰る気はない。
これで良かったんだと思う。
奥まった路地にひっそりと佇んでいる記憶は僕にそう告げていた。
人は血の繋がりだけではない。
都会に来たばかりのころ、歌舞伎町が二丁目だと思い込んでいた時期があった。
別に死んでもいい。その時はそう思っていた。
どうせ田舎の時のように、みんなに利用されてそのうち殺されてゴミ箱に捨てられる。
今思えば馬鹿らしいんだけど、本当にそう思っていた。
だけどみんな優しかった、カタギじゃないだろう男の人には諭されたりした。
お付きの人が傍に控えていたのに、一緒にご飯を食べてくれたりして優しかった。
みんな口々にここは君のいる場所じゃないと思うから前を向きなさいとそう言った。
時々悪くも言われる街だけど、僕が立ち直るきっかけになった街でもある。
相方と出会ってからは一度も足を踏み入れていないけど、心の奥では感謝しているんだ。
血の繋がりなんてどうでもいい。
人は一生の間にどれだけの縁と出会えるか。
愛情や思いやりは目には見えないけど、僕を必要としてくれる人がいれば大丈夫。
あまりに機能不全な家庭だから話すのも恥ずかしい。
でも燻り続けた気持ちもこれで綺麗さっぱり消えるといいなー、そう思った。
優しさと自堕落が入り交じる街。
低く垂れ込めた空気は冷たいが、両側を囲む桜並木の向こうに見える光はきっと希望だ。
明日も気持ちよく一日を過ごせますように。
そう祈りながら僕は家のドアを開けた。
それじゃまた。