クリスマスの夜に

2020/12/25

コロナウイルス。 パートナー 介護生活

t f B! P L

 皆様、お久しぶりです。

今年も残り数日となりました。

新型コロナウイルスによって、社会情勢や私達の生き方が大きく変わりました。

未知の感染症は瞬く間に国境を超える大きな脅威となって、

いまだ収束しない混乱を世界中に振りまき続けているのです。


感染拡大を防ぐために持続可能な「新しい日常」を常に考えて行動するようになった。

うちは特に医療関係者や介護関係者の方々と接する機会も多い。

僕自身はまた新しい病気が見つかり今は治療で月3~4回ほど通院しています。

そして相方の両親は月1で検査があるのと、週一で歯医者と耳鼻科へ連れていくのです。

それ以外は、混み合った病院を避けるために訪問診療と訪問看護に切り替えましたが、

薬の処方や方針を決めるためにその場での同席が必要だったり、、、、

なので僕が病院と関わる日数はひと月で10日以上になるために心労が尽きません。


このコロナのご時世、ヘルパーさんや医師の方達も特にナーバスになっていて

見ていて疲弊しているのが分かるのでこちらも要望には限界まで応えたいと思うけど

相方の両親は自分勝手な人でマスクをすることを嫌がり激怒するから骨が折れます。


極力ご迷惑をおかけしないよう、玄関先とリビングにはジアイーノを置いて、

各部屋に希釈した次亜塩素酸水が入ったスプレーボトルと、

アルコールのオートディスペンサーを用意して使ってもらえるようにして

マスクも両親用の箱とヘルパーさん用の箱を用意して、使い捨ての手袋も用意してと

本当に自宅自体が厳戒態勢な状態で、これで少しでも関わってくださる方達が

安心してくださるといいのですが毎日が試行錯誤の連続です。

両親が触りそうなところはこちらでもアルコールで清掃しているけれど、

人が出入りするということを踏まえるとほんとうに神経を使います。


彼の親の介護をするようになってもう長い。

僕は相方の両親には名前すら呼ばれない時期がありました。

嘘ばかりつかれて、近所の人に面倒をみてもらえないと泣き崩れて見せたりす

るので正義感の強い人に怒鳴り込まれて年寄りを大事にしろと説教されたことも、、、、


いや、認知症で自分に都合のいい妄想や嘘をつくんだと各部屋に設置したカメラの

映像を見せて説明すると顔を真っ青にして謝罪されたけど、そりゃあそうだろう。

そこには老人の漏らした便を片付ける僕をウジ虫呼ばわりしながら、

嬉しそうにニタついて見下ろす両親の鬼畜な姿が映っているんですから。


この時の相方は怒り狂ってもうお前らの面倒なんか二度と見ないと宣言して

老人ホームに入れてやると本気で捜し始めたことがあったんだけど、

もう死んだほうがいいと親が騒いだために、相方は冷静に面倒を見る人間に

今度こういう事したら見捨てるからと言ってからだいぶマシになりました(笑。


僕は痴呆という病気がさせたことだからと思って真剣に面倒見てたんだけど、

相方が言うには自分の親だけど本当はとんでもない性悪だからなと話してくれた。


お前が見てた外面のいい両親の姿は、その頃の彼らにはお前がお客さんだったのと、

自分が親に関わらないぶんお前が関わってたから利用価値があったんだろうと。

両親は子供は親の面倒を見るのが当たり前だと普段から言ってるくせに

実際の彼らは自分の親の面倒は見ていないどころか援助すらしていない。

俺の親はそういう親なんだと、相方が悲しそうに言っているのを見て切なくなったよ。


.....相方の両親には暴言を吐かれすぎて一時期は幻聴が聞こえて止まらなかった。

幻覚まで出たときはさすがに心療内科に行ったけど、薬の処方だけはされたくなかったんで

もう治ったと先生と話し診察は終了となったけど、今でもたまに聞こえたりはする。

これはきっと介護が終わったら時間が解決するのだろうと思う。


でもそこから僕は変わった。

見るべき面倒は見てあげよう、家で死にたいという相方の親の希望も叶えてあげよう。

でも自分を壊してまで向き合うのはもうしない。

そして、大変さを知らない忘恩の徒に使用人や奴隷のように扱われたくもない。


相方と相談して有料のヘルパーさんにも2日だけ来てもらうことになった。

あとは通所しているデイサービスの中の1つで両親が利用者に暴言を吐き出禁になったんで

これからどうにかして通えるところを捜さないといけないので今後も問題は山積みだ。


僕らが管理しているせいだろうか。彼らは僕ら以上に元気な老人で長生きだ。

寝たきりにはなって欲しくはないし、ピンピンコロリで往生してくれるほうが嬉しい。


親は子を選べないし子は親を選べない。

ゲイであること、孫を作ってあげられないことで僕も相方も過度に親に遠慮しすぎた。


今はとにかく自分の時間がほしい。

仕事は大まかに言えば広告出版業界だったんだけどもう体も無理できない。

突然の切り捨てに怯えながらの競争はただ精神を削られるだけだし続ける情熱もない。

何より、自分に時間がないと思ってからやりたいことが出来たというのも大きい。


コロナで集まれなくなったが今年は陶芸仲間とグループ展がしたかったなあと思う。

だけどいいこともあったかな。

有料ヘルパーさんが来てくれるようになったおかげで

数年ぶりにまる一日自分のために使っていい時間が出来るようになった。


今は時間がある時には近場でソロキャンプばかりしていたりします。

薪ストーブが好きで耐火ガラスから見える炎に癒やされてずっと見てしまいます。

最初のころはバトニングがヘタすぎて泣けてたんだけどやっと様にもなってきたり。

一人で静かに本を読んだりコーヒーを飲んだりするのが好きです。


コロナの第3波の到来によって通常の通院もこの先どうなるか分からない。

感染症という病気に付きまとうのは偏見や区別という名の差別です。

人間の心理からすれば、自分に降りかかるかもしれない災いは疑心暗鬼を生みます。

コロナの最前線にいる医療従事者や感染者を怖いという気持ちも分からなくもないです。


けれど、その恐怖心はやがて社会そのものをも浸食してしまいます。

知識を知識として正しく活かしていくためにそれぞれの立場を思い遣って

そしてウイルスに支配されずに、なにが本当の情報なのかを判断できる自分でいること。


集団から排除するという行為は大義名分を持つと道徳的判断になっていくことが多い。

脆弱な輪の中で逃げる力のない者はその役割は当然のものだとばかりに押しつけられる。

そんな負の烙印なんて、あってはならないんじゃないのかななんて思うのです。


ここ最近通院している病院で、お爺さんが病院入り口でのサーモグラフィーと

ソーシャルディスタンスのマークに食ってかかっているのを目にしたことがあります。

自分は感染者じゃないと怒ってたようだけど知ろうとしない人もいまだにいる現状に

医療従事者の方達は逃げだしたくなるだろうにと胸が痛くなりました。


ひとりの力はたいしたことないかもしれない。

けれど優しい気持ちを忘れない、感謝することを忘れない。

人を助けられる自分でありたい、そんな風に最近は思います。


今日は25日。

相方の両親へケーキを焼きました。彼らは甘い物が好きなので。

僕は完全に病院食のような質素な食事にしてるのでクリスマスらしいことは無しです。

相方へはプレゼントを用意したけど気に入ってくれるかな。


そんなわけで今年最初のブログが年末になってしまいましたが

来年はもう少し自分の夢が達成できるといいなって思っています。

今夜、自分が大切に思う現実の人達やネットの人達が穏やかに過ごせますように。


追伸

メールをくださった皆さんへ

お気遣い感謝いたします。

ご心配おかけしましたがなんとかやっております。

本当に本当にありがとうございます。




 





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