人生100年時代構想によって世の中はサクセスフル・エイジングを考察しはじめている。

超高齢化社会も長寿化が加速していて、理想の老いという、
そんな幸福感を手にしたい人が増えているような気がしています。

気がつけば相方の親を介護しはじめてだいぶ月日が経ちました。
四年前....自分ひとりで介護するのはもう限界だと、
相方は泣き崩れながら僕に介護を頼んできました。

ひとりは頭がしっかりしている後遺症を抱えた車椅子の老人
もうひとりは認知機能に問題があり、継続治療の必要な持病がある斑惚けの老人

他の能力は正常であるが、どちらも体の一部分には明らかに障害があるために
思うように体が動かなくてイライラしてしまうのか、
憂さ晴らしに僕を罵ったりして溜飲を下げるので泣きたくなる事が多い。

....介護はやった人にしかわからない苦労ってのが何かとあるものですが、
たいていはどこの家庭も足を引っ張るのが外野だと思うんです。
全力で老親に関わるのは介護する人だけなのに何もしてない、
する気もない人の「ああしてあげればいいのに」は本当に心を折られます。

認知に問題があるとは思えないくらいの振る舞いもあるけれども、
高慢、嫉妬、策略、妄想、吹聴、怠惰、憤怒、暴食など、

人のことなどお構いなしに原始的欲求を満たすことに心血を注ぐことが、
今の相方の親の基本行動になっているのが見てとれるのでとかく大変です。

記憶の領域は老いからくる事もあると思うけどとても曖昧なことが多いために、
今日は何も食べさせてもらってないなどと周囲に吹聴したりするので
それはさながら欲望まるだしで攻撃してくる野生の獣のようにも見えてきて、
介護者の精神をガリガリ削ってくるのがなんだか辛かったり。

また、これは自分がやった、私は1人でなんでも出来ると都合の良い自己投影をし、
周囲をぞんざいに扱うようになる為に、絵空事で快適な空間が形成されるわけではない
と相方の親が蚊帳の外にならないように幾度となく同じ事をすり込んでいく毎日は
とにかく気が狂いそうになる作業でもあります、、、、

今なら分かるけど人は追い込まれると認められないのは自分のせいだと自罰的になり、
とにかくもっと頑張らないと、まだ足りないからこの人達のために頑張らないとって
僕はいつしか周りのことも、自分のことも見えにくくなってたんだ。

具体的にどうすれば解決するのかを考え、
自分もどうすれば幸せでいられるかを考えるのは至難の業だ。

対処法は人によって違うということを理解しないと
日常の喜びも忘れてしまい生きていることが地獄でしかなくなる。

......なにもかも自宅での介護が始まってから全てが一変した気がします。
一度に眠れるのは2時間ほどになり、排泄行為や汚物の処理、
服薬管理や病院への送り迎え、一日の半分以上が介護で終わってしまう。

会話も成り立つ時とそうでない時の差があって、なにより彼らの
勘違いで人を泥棒扱いすることが増えたのは本当に怖いことだと感じてる。

いつか記憶がただの情報になることもあるからと耐えてるが、
心に余裕がないと暴言や暴力は日々自分を蝕んでいくんだと身に沁みています。

一日の中で介護から離れられるのは、両方がデイサービスに通っている時間と
ヘルパーさんに来てもらっている時間だけで、自分に構う余裕などない日々(汗。

相方が前に有料ヘルパーもお願いしようとしたけど、
人が増えることを毛嫌いして大暴れしたのでその辺はもう無理だと思う。

老老介護や介護殺人が認知されるようになって久しいけれど、
全てではないがこの門をくぐれば希望を一切捨てなければならない、、、
と考えるのはある意味介護について当たっているのかもしれません。

毎日暴言や暴力に晒されると人は麻痺していき、それもいずれ体に馴染んでく。

先の見えない介護生活は、ぶっちゃけ自分の仕事を全て犠牲にしても報われない
何も光が差さない、どこまで行っても逃げることも叶わない暗闇の世界でした。

最初のうちは庇ってくれてた相方は、仕事と介護の両立が上手く出来なくて
不眠になってからは僕を上辺だけ守るようになった気がしてならないよ。

なんとなく。介護要員としてすべて背負ってくれと無言の圧を感じながらも、
いまだにお世話を続けているのは、今これを止めたら自分は自殺するだろう
という、はっきりとした自覚があるからだと思います。

ある種の依存というか、病気の一種なのかもしれない。

でもわんこのいない今、もう生きる理由が見いだせない。
元々わんこを無事に見送ったらあの世へ行こうと思ってたから
介護がなければきっと死んでいると思うんです。

とはいえ、特別養護老人ホームや有料の老人ホームに入る気はさらさらない人を
無理矢理に入れるわけもいかないから八方塞がりな現状ではあるわけで。

身体レベルによって介護度も違ってくるけれども、
本人の意識や意思がはっきりしている場合には施設には入れにくいのです。

斑惚けとはいえ、意識がはっきりしていて自分の意に介さないことは
暴れてでも阻止する人だからだ。病気は人を変えるんだなあと思う。

イヤなものはイヤだという感情だけでそこに論理的思考がないのは
本当に厄介なことだとつくづく感じています。

体に負担がない程度にリハビリさせるのも、
出来ることは自分でやってもらおうとするのも毎日骨が折れるなあ。

私はこんな年寄りなのになんでこんなイヤなことをさせるのか?
とヒステリックになるのを順序だてて園児のようになだめるのも疲れてしまう。

便利過ぎず、不便すぎないを徹底するのは難しいことです。

だけど、自分で出来ることはしてもらわないと困るのが事実。
僕は優しい虐待だけはしたくない。それじゃあ生きている意味がない。

基本日常生活動作が出来ているうちはなるべく身の回りのこと
(せめて起居動作。食事や着替え)だけはなんとかこなしてほしい。

それはきっと介護レベルの悪化をゆるやかなモノにしてくれるし、
自分で考えて行動することは生きがいを作ったり、
社会参加という役割を持続させてあげられることができるからだ。
役割のない「無」を与えられることほど辛いモノはないよ、うん。

なによりそれは介助されるストレスをいくばか軽減させてあげられると思うから。

現状の能力を伸ばしてあげること、また維持してあげること、
そのさじ加減を間違えばそこで変な知恵をつけてしまい、
彼らは僕や相方やヘルパーさんに全てを依存するようになってしまう。

だけど自分で考える力まで奪えばそれはすなわち病気の進行に繋がっていくと思うんだ。

笑って、良い人生だったと最後を迎えてほしい。それだけなのに。
介護者として相手の感情に飲み込まれないよう自分に言い聞かせてきたけれど
僕は決して世話人としては有能じゃないから限界はもう近い。

常に相方の親の罵りが脳内でサブリミナルのように浸透していたせいなのか?
ストレスフルで動悸がおさまらず、また眠れもしないことが災いしていたのか、
気づいたら僕は脳の疾患にかかってしまっていた。

極めて軽症だったために半年近くの経過観察で済んだが、
麻痺が出たときにはもう破れかぶれの投げやりだった自分がいて....。

どんなに大事に思っても理不尽に暴力をふるわれると、すごく傷つく。
身体以上に心が蝕まれる。そして思考を止めて言われるがままの奴隷になるしかない。

でもだからといって、誰が悪いとか一概に言えないのが
この介護の闇の部分なのだと思うんです。

しかし、この事があってから少しの時間でも離れる機会を作らなきゃと思い、
相方が帰宅したらバトンタッチして明け方には自分の家にいるようにしている。
たった一時間だけどその一時間だけは何も考えなくていい。

どこまで耐えられるかなあ。
でもこれだけは自分がどうなろうともやり遂げたい気がしています。

多分、僕は人の役に立ったという証と、自分が生きていい理由がほしいのかもしれない。

永いと思ってた時間は短い。
人はどんなに老いてもきっと人でいたいはずだと思う。

だから僕は生と死の境界に立ち、来たるべき神判の日を待つことにした。
人は正しくありたいと願い、また優しくありたいと心に刻むから人でいられるんだ。

燃えさかる劫火にに身を投じるのか、それとも光の中に安息の地を見つけるのか?
それは僕自身にも、きっと相方にも分からない。

だが、新しい日が僕と相方に訪れることを願ってやまないのは確かだ。