ありがとう、またいつか。

2019/05/11

家族のはなし

t f B! P L

昨年の夏頃、もう一頭のわんこが18歳で永眠した。
亡くなる二日前、僕を見ながら長いあいだ涙を流していたのが忘れられない。
それはきっと君が終わりを予感していたからだとうっすらと気づいていたけど
きっと。変わらずそばでその可愛い顔を見せてくれるものだと勝手に思ってた。

生ある者は必ず死んで無となる。
君らしく生きられたのか?自分のそばで良かったんだろうか?
苦しまずに旅立てたのかな?見送りは上手くできたと思う?

自分自答は今も尽きない。

歩けなくなってからもお散歩たくさんしたね。
もっとたくさん綺麗な景色を見せてあげたかった。

辛いのは自分だけではないと分かってるけれど君達は唯一の支えだった。
嬉しそうな仕草や抱っこしたときの温もりにどれほど助けられたか。

自己の価値が脅かされるほどに君達の存在はそれほど大きいんだ。
だからね、たまにはこっちへ遊びに来てほしい。

君の介護と人間2人の介護をしていた僕はいつも時間に追われる毎日だった。
もっと君との時間を、君との会話を、もっと、もっと大事にしたかった。

もっと出来たはずなのに........本当に自分がやるせないよ(涙。
覚悟してたはずなのに、夜になると君のいない暗闇が怖くなる。

無意識に首輪だけ持って、夜中に散歩しているところを知人に連れ戻されたり
ストレスなのか、身体の一部が麻痺状態になったりして少しおかしくなってた時期がある。

あれからだいぶ時間が経って、落ち着いてきた自分が今ここにいるのが不思議だ。

あのね、春に桜を見にいってきたよ。
君達と一緒にいつも通り花見に行きたかったな。


清浄明潔の空に蒼い風が吹けば
見ている風景が途端にさくら色に霞んでいく。

百花の咲き競うこんな春の日に君達はどこにもいない。
泡沫の願いは金色たる光輝の中へ溶けていき、いずれ名状しがたい郷愁に包まれる。

そして、梢から離れた想念は雲の向こうの世界を恋しく思い、
花筵に風吹けば、その儚き命は無となり今世の足跡を消していく。

僕を置いてどこへ行ったのかと胸がいたいけれど
ただ、いまはその場所まで桜のはなびらが君達に届けばいい。

寂しくてたまらないけど、一緒に居られて幸せだったよ。
お経を覚え、写経を覚え、好きな食べ物を供え、線香をあげ毎晩お話することが日課になってる

君らのことを媒介にしながら自分を再構築しようとしてもがいている。
死んでなお、ふたりとも僕に光をくれる。

空はこのうえなく澄んで、緑の匂いが一面に漂ってる。

もう何もない。もうここに留まる理由さえないけれど、
残った自分は何をすればいいのだろうかと、今一度考えてみるよ。


僕のところへ来てくれてほんとにありがとう。




※お願い

当サイトのテキストの無断転載、
無断使用を固く禁じます。


※お問い合わせ
こちらのURLよりお願いします。

このブログを検索

ブログ アーカイブ

Translate

人気の投稿

QooQ