朝焼けにひしめく夢見草の花びらが堰を切ったように零れていく。
燦爛と流るる雲の随に浮かぶわんこに想いを告げれば
音も無く谺する光の粒がその淡い寂寥を掻きたてはじめる。
優しい風が新緑の青い葉を揺らすころ、気づけば一年が過ぎていた。
昨年、わんこが亡くなった。
ボクの誕生日の翌日だった。
朱鷺色の朝日が部屋の隅々に広がる頃に
ボクのそばでわんこは静かに逝ってしまいました。
彼にとって人生の最終章は幸せなものになっただろうか?
あの時こうしていればとか、ああしていればとかどうしても考えてしまいます。
命の終わりを迎えることはこの世に生をうけたものの宿命なのかもしれない。
だから全ての生き物は生まれたその瞬間から死へ向かいながら懸命に生きていく。
もっといろんな場所に連れていきたかった
願いは全て叶えてあげられるはずだった。
もう決して何も答えてくれないというのに
最後に大きく息を吐いた彼の姿を今でも夢に見てしまう。
最後の瞬間を看取ることは筆舌に尽くしがたい苦しみだ。
老いも若きも健やかなる時も病める時も傍にいてくれたその彼の脈が、
息が、身体の温もりが、目の光が少しづつ消えていく瞬間は胸が張り裂けそうだった。
元々、わんこが生きている間だけは生きようとそれだけを目標にしてきた。
そのせいか放心状態が酷くてすぐには火葬できなかった。
腐敗しないように保冷剤で身体を冷やし部屋中にロウソクを灯した。
そしてギリギリまでその形を留めておきたくて長期保存できる特殊な棺を用意した。
でも相方がお前のためにもこの子のためにも良くないと説得され5日目に火葬に。
葬儀にはたくさんの人が見送りにきてくれた。
みんな泣いてくれて相方なんか号泣していたっけ。
いい式にしてあげたくて気ばかり張ってたせいかボクは泣けなくて。
その様子を見ていた葬儀場の人にかえって心配されてしまった(汗。
その夜、わんこが犬用のドアから出入りしたり一晩中家中を駆ける音がしていた。
それは百か日まで続き、ボクだけでなく相方や友人達まで目にするようになってた。
きっとまだ生きてるつもりだったんだと思う。
だからボクはみんなが寝静まった夜中にわんこの遺影に話しかけることにした。
誰も知らない二人だけの秘密だと思ってたら周りに見られていたらしい。
相方や友人らが夜中の3時に仏壇の前でブツブツ言ってるボクを見て
どうしてあげたほうがいいのか話し合ってたと後で聞かされた。
そこで相方がしたことはボクのそばで遺影のわんこに向かって話しかける事だった。
家に来た日の想い出から時系列に思い出すように夜が明けても話し続けた。
気がついたらボクは涙を流してた。
ずっと泣けずに麻痺してた自分に相方が寄り添ってくれたことが嬉しかった。
わんこは亡くなる一週間ほど前からは何も食べなくなり、
その命が消滅する時をボクはどこかで悟っていた。
終焉を迎える少し前から彼はボクに対していろんな事を伝えていたのだと思う。
自分の体力が回復しない中でいろんな場面で介助が必要なわんこや
相方の両親の介護をしてきてボク自身も心身共に限界を迎えようとしていた。
訪問ヘルパーさんの査定が降りるまではいろんな人が助けてくれたが、
昼間は介助を手伝ってくれるお手伝いの人がいても夜は地獄だった。
わんこはもう自力で動くことができなくて一時間おきに夜泣きをしていた。
腸の働きが弱くなったせいかお腹に便が残って気持ち悪かったのだと思う。
排泄姿勢を取ってあげながら根気よくマッサージや圧迫をしなければならず
痩せて節々が痛いのか朝まで背中をさすってやることが一年半くらい続いた。
元々眠りの浅いボクはこれで寝ない生活が当たり前になり、
ドライブが好きなわんこのために毎日夜中に車を出すようになった。
.....目に問題があるので遠出は無理だけど嬉しそうだったな。
どうにかストレスを軽減してあげようと必死だったけど
歩けないということはお散歩が大好きな彼にとって本当に苦しかったと思う。
まだ前足がしっかりしている時は車椅子をオーダーしてなんとか歩かせていた。
それも出来なくなるとドッグカートに乗せお散歩するようになり、
一緒に外に出ることが楽しいのかボクの顔をずっと見ながらお話するようになった。
吠えるのではなくまるで話しているようだね。
相方も周りの人も今までのわんこと違う様子になにかを感じているようだった。
半年ほどするとボクは無理がたたって何度か倒れて病院のお世話になるようになり
そのことがきっかけになり偶然だけどわんこにとって大切な場所に訪れるように。
一番大好きな場所でわんこが目に涙を浮かべているのを見て
ずっとここに来たかったんだなと目頭が熱くなった。
残される者となれば、その記憶と引き換えに死という現実を突きつけられてしまう。
でも、先に旅立ちわんこを泣かせたくはなかったから見届けてあげられてよかった。
長い間共に暮らして支え合い、そして共に老いてきた。
食いしん坊でホールのケーキを全部平らげたこともあった。
購入したばかりのソファーに嫌がらせでおしっこをされたこともあった。
雪だるまを作ったり海で泳いだりキャンプをしたりその全てが愛おしいことだらけだ。
そして、子はかすがいとばかりに君は相方との絆を取り持ってくれた。
17年あまりの間、ボクらはまごう事なき家族だったと思う。
錆色の記憶は花霞の中でたゆたうだけのまぼろし。
同じときを生きた残像をつなぎ止めるかのように写真を眺め、映像を見てばかりいる。
今でも乗り越えられてないけど虹の世界へ行った君に会える日を楽しみにしているよ。
ふたたび会えるその日まであと少しだけ待っていてほしい。
その時はたくさんモフモフして抱いてあげたいな。
たなびく空の下では萌え立つ若菜色が広がり、
白妙の狭間から流れだす静寂は線路脇を掩うように先へ先へと続いてる。
朧気に咲いた春の桜色が散りぬれば、今生の悲しみも苦しみも
この世に永遠のものはない儚いものだという事を教えてくれます。
人生を終えるその日まで、
ほんの少しでも幸せだと思える日々が1日でも多くあるように祈りたい。
君に出会うまでのボクはずっと暗闇の中で生きてた。
人を信じることも守ることも君がいたからこそできたのかもしれない。
楽しい時間を与えてくれて傍にいてくれて感謝してるよ。
あのね、今年も君が大好きだった桜を見てきたんだ。
鼻の先に花びらを付けて得意顔だった君が愛おしくて仕方なかった。
ごめんね ありがとう。
風太。